日本酒の仕込み水|硬水・軟水の違いと、「産地の水だけ」を条件にしているGI22産地
日本酒の話で「水がいい土地だから」と言われることがあります。これは感覚的な話ではなく、行政文書に条件として書かれている事柄です。
この記事では、国税庁が指定した清酒の地理的表示(GI)23産地の生産基準をすべて確認し、水についてどう定められているか、硬水・軟水がどう記述されているかを原文で整理します。
この記事の結論
- 水は酒税法の定義に名指しで出てくる「原料」(米・米こうじ・水)
- ★清酒のGI23産地のうち22が「産地内で採水した水のみ」を条件にしている
- 例外はGI「日本酒」だけ。産地の範囲が「日本国」だからです
- ★自分の産地の水を「硬水」と書いている生産基準は、灘五郷の1つだけでした
- ★硬度の数値まで書いているのは信濃大町と南会津の2産地だけ
- ★「灘の男酒」「伏見の女酒」は、23の生産基準のどこにも出てきません
水は法律上の「原料」です
国税庁の資料にある清酒の定義です。原文のまま引用します。
・米、米こうじ及び水を原料として発酵させてこしたもの(アルコール分が22度未満のもの)
国税庁「酒税法における酒類の分類及び定義」より清酒の定義(2026年8月12日確認)
・米、米こうじ、水及び清酒かすその他政令で定める物品を原料として発酵させてこしたもの(アルコール分が22度未満のもの)
水は「原料」として並んでいます。米や米こうじと同じ扱いで、副次的な材料ではありません。日本酒はできあがりの重量の8割前後が水と言われますが、法令上の位置づけとしても原料です。
★23のGIのうち22が「産地内の水だけ」を条件にしている
清酒で指定されている地理的表示(GI)23産地の生産基準を、すべて確認しました。22の産地が、原料の項に水の条項を置いています。
書きぶりは産地ごとに違います。代表的な3つを原文で引きます。
ロ 水に灘五郷内で採水した水のみを用いたものであること。
地理的表示「灘五郷」生産基準 2(1)原料(2026年8月12日確認)
ロ 京都府内で採水した水のみを用いたものであること。
地理的表示「京都」生産基準 2(1)原料(2026年8月12日確認)
ロ 水は新潟県内で採取されたもののみを用いたものであること。
地理的表示「新潟」生産基準 2(1)原料(2026年8月12日確認)
いずれも「のみ」です。産地外の水を一部でも混ぜれば、その産地名は名乗れません。
米については「国内産米のみ」で足りる産地が少なくないのに対して、水は産地内に限る産地が大半という点に、この制度の力点が表れています。
例外は「日本酒」だけでした
23のうち唯一、原料の項に水の条項を置いていないのがGI「日本酒」です。
(1)原料
地理的表示「日本酒」生産基準 2 酒類の原料及び製法に関する事項(2026年8月12日確認)
酒税法第3条第7号に規定する「清酒」の原料を用いたものであること。
ただし、米及び米こうじに国内産米のみを用いたものであること。
(2) 製法
酒税法第3条第7号に規定する「清酒」の製造方法により、日本国内において製造されたものであること。
GI「日本酒」の産地の範囲は「日本国」です。製法の項で「日本国内において製造されたもの」と定めているため、水を別に縛る条項がない、という構造になっています。地理的表示そのものの仕組みは日本酒の「GI(地理的表示)」とはで扱っています。
★硬水・軟水は、生産基準にこう書かれている
生産基準の「自然的要因」の項には、その土地の水がどういう性質かが書かれています。ただし、すべての産地が書いているわけではありません。
23産地の本文を検索したところ、「硬水」「軟水」「中硬水」「中軟水」「硬度」のいずれかが出てくるのは12産地、出てこないのは11産地でした。記述のある12産地の原文を抜き出します。
| 産地 | 生産基準の記述(原文の抜粋) |
|---|---|
| 灘五郷 | 宮水に代表される、この地域の地層を通って湧き出る地下水は、酵母の増殖に必要なクロールやカリウムなどのミネラル分を適度に含み、着色の原因となる鉄分をほとんど含まない、酒造りに適した硬水をもたらす。 |
| 京都 | 地層は主に花崗岩より形成され、この地層を通った水は、京都の酒類の特性を引き出す軟水から中程度の硬水となる。 |
| 伊丹 | 長尾山・北摂山系の山々に蓄えられた水は、これらの地層を通ることによって、適度なミネラル分を含む中硬水となると考えられている。 |
| 信濃大町 | 湿原より湧き出ている「女水(おんなみず)」と呼ばれる硬度約13の軟水が用いられてきた。(中略)「氷筍水(ひょうじゅんすい)」と呼ばれる硬度約74〜167の中硬水も採水することが可能となった |
| 南会津 | ミネラル分の溶け込みが少ない平均硬度約30(mg/L)の軟水が豊富に供給されている。 |
| 山形 | その水質は酒造りに適した鉄分の少ない清冽な軟水であり、これを仕込み水として醸造することにより、「透明感のある」酒質が形成されてきた。 |
| 山梨 | それぞれが豊かで良質な水を生み出し水系によって微妙に成分が異なるものの、総じて軽やかさを持つ軟水である。 |
| 新潟 | 信濃川や阿賀野川など数多くの河川が日本海にそそいでいて豊富な水資源を有し、その水質は総じて軟水である。 |
| 静岡 | (前略)は総じて軟水であり、これらの水を醸造用水として使用することにより、静岡の清酒の特性である淡麗で丸みのある酒質を有する清酒を醸し出している。 |
| 利根沼田 | この砂礫・泥礫層を通った水は軟水となり、利根沼田の清酒に透明感のある味わいや色調を与える要因となっている。 |
| 鳥取 | このように適度にミネラルを含んだ軟水を仕込み水として使用することで、鳥取の酒に口当たりの柔らかさをもたらしている。 |
| 福岡 | 筑紫山地などの標高が高い山々を源泉とするため流れが速く、少量のミネラルを含んだ軟水・中軟水は、発酵速度を緩やかにする。 |
読みどころは3つあります。
① 自分の産地の水を「硬水」と書いているのは灘五郷だけ。京都は「軟水から中程度の硬水」、伊丹は「中硬水」で、はっきり硬水と書いた産地はほかにありませんでした。
② 硬度の数値が書いてあるのは信濃大町と南会津の2産地だけ。ほかは「軟水」「中硬水」という語で書かれており、数値の記載はありませんでした。
③ 11産地は硬水・軟水の語を使っていません。使っていない産地も水についての記述はあり、成分で説明しています。たとえば白山は「この水はカルシウムを多く含み、カリウムが少ない」、岩手は「カルシウムやマグネシウムが豊富に含まれている」と書いています。
★「灘の男酒」「伏見の女酒」は、生産基準に出てきません
日本酒の産地を語るときによく使われる対比です。23の生産基準の本文を検索した結果です。
| 語 | 清酒のGI23産地の生産基準に出てくる回数 |
|---|---|
| 男酒 | 0回 |
| 女酒 | 0回 |
| 硬水 | 灘五郷・京都の2産地(「中硬水」を除く) |
| 宮水 | 灘五郷のみ |
「男酒」「女酒」は、行政が定めた区分ではなく、慣用的な言い方です。当サイトでは、こうした語をラベルの根拠として扱いません。
一方で「宮水」は灘五郷の生産基準に実際に登場します。灘五郷の生産基準には、その水を管理してきた組織についての記述もあります。
更に域内の地下水の流路調査及び水質変化の監視を目的として、灘五郷酒造組合は昭和28年に神戸市と合同で灘地区地下水調査会を、昭和29年に西宮市と合同で宮水保存調査会を設立し、冬夏の井水定期一斉分析調査を実施しているほか、事業工事などに伴う地下水の影響についての調査研究を通じて、域内の地下水の品質維持だけでなく、灘五郷らしい清酒の特徴を形づくる水質について灘酒研究会と共に研鑽を深めてきた。
地理的表示「灘五郷」生産基準 1(2)ロ 人的要因(2026年8月12日確認)
「軟水では造れなかった」という記録
水の性質が造りを左右した経緯が、そのまま生産基準に書かれている産地があります。福岡です。
しかしながら、上方の醸造法は、酵母の育成が活発になるミネラルを多く含む硬水を用いることが前提となっていたところ、福岡の水は軟水であるため、酵母の活発な育成が促進されないことから、同醸造法をそのまま取り入れると品質の高い酒が醸造できなかった。
地理的表示「福岡」生産基準 1(2)ロ 人的要因(2026年8月12日確認)
この事実を突き止めた小林作五郎は、予め麹を丁寧に育てることで麹菌を米の内部までしっかり繁殖させ、米をよく溶かした上で酵母を育成することにより軟水中の少量のミネラルに米から溶出したわずかなミネラルが加わることによって酵母が育ち、さらに雑菌の繁殖を抑えるため低温でゆっくり丁寧に発酵をさせる醸造法を生み出した。
硬水の産地でできあがった方法が、軟水の産地ではそのまま使えなかったという記述です。水の違いが酒質の好みの問題ではなく、造りの手順そのものを変えさせたことが分かります。
水系まで決めている産地、処理まで決めている産地
「産地内で採水」より踏み込んだ条件を置いている産地が2つありました。
山梨は水系を名指ししています。
ロ 水に山梨県内で採取した水であって、南アルプス山麓、八ヶ岳山麓、秩父山麓、富士北麓、富士・御坂及び御坂北麓のいずれかの水系の水のみを用いたものであること。
地理的表示「山梨」生産基準(清酒)2(1)原料(2026年8月12日確認)
県内であればどこでもよい、ではありません。さらに山梨は、管理機関が採取の条件を定めることも生産基準に書いています。
利根沼田は、水に手を加えることを制限しています。
ロ 水には、産地の範囲内で採水し、沈殿及び濾過以外の物理的及び化学的処理を行っていない水のみを用いること。
地理的表示「利根沼田」生産基準(1)原料(2026年8月12日確認)
沈殿とろ過は認められますが、それ以外の処理をした水は使えません。「その土地の水であること」を、汲んだ場所だけでなく汲んだあとまで含めて求めている書き方です。
買うときにどう見ればよいか
仕込み水は、ラベルからは分かりません
- 仕込み水の産地や硬度は、ラベルの必須記載事項ではありません。蔵が自主的に書いている場合を除き、ラベルからは読み取れません(→ ラベルの記載事項)
- GIの表示があれば、水が産地内のものであることは確認済みです。22の産地で条件になっており、出荷前に管理機関の確認を受けています
- 硬水・軟水は味の優劣ではありません。生産基準にも、どちらが優れているという書き方は見当たりませんでした
- 硬度の数値を知りたい場合は、蔵元の公式サイトを確認してください。GIの生産基準で数値を明記しているのは、今回確認した範囲では2産地だけでした
※2026年8月12日時点で確認した内容です。生産基準は変更されることがあり、地理的表示は新たに指定されることもあります。最新の内容は国税庁のページでご確認ください。当サイトから水質の良し悪しについて述べることはしません。
よくある質問
日本酒の仕込み水は、産地の水でなければいけないのですか?
「灘の男酒」「伏見の女酒」に根拠はありますか?
硬水と軟水で、酒の造り方は変わるのですか?
ラベルに硬度は書いてありますか?
水道水で日本酒を造ってもよいのですか?
出典
- 国税庁「酒税法における酒類の分類及び定義」(PDF)(清酒の定義。原料に水が含まれること。2026年8月12日確認)
- 国税庁「酒類の地理的表示一覧」(清酒23産地の生産基準へのリンク。2026年8月12日確認)
- 国税庁「地理的表示『灘五郷』生産基準」(宮水・硬水の記述、水の条項、宮水保存調査会。2026年8月12日確認)
- 国税庁「地理的表示『福岡』生産基準」(軟水に合わせた醸造法の経緯。2026年8月12日確認)
- 国税庁「地理的表示『山梨』生産基準」(水系を指定した水の条項。2026年8月12日確認)
- 国税庁「地理的表示『利根沼田』生産基準」(水の処理を制限した条項。2026年8月12日確認)
- 国税庁「地理的表示『信濃大町』生産基準」(硬度約13の軟水・硬度約74〜167の中硬水。2026年8月12日確認)
- 国税庁「地理的表示『南会津』生産基準」(平均硬度約30mg/Lの軟水。2026年8月12日確認)
- 国税庁「地理的表示『日本酒』生産基準」(原料・製法の条項。2026年8月12日確認)
本記事は編集部が上記の情報源を確認して作成しました。引用は生産基準の原文のままで、(中略)(前略)は編集部による省略です。「22産地」「12産地」「11産地」といった件数と、語の出現回数は、編集部が清酒のGI23産地の生産基準の本文を確認して数えたものです。「男酒」「女酒」については、この23の文書に記載がなかったという事実を書いており、あらゆる文書を網羅的に調べたものではありません。硬水・軟水は味の優劣を示すものではないため、当サイトからは述べていません。